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あれから一年・・・

新潟県中越地方を中心に震度7の地震が起きた「新潟県中越地震」
あれから一年が過ぎた・・・・

新潟は親父の生まれた場所であり、
そして幼い頃からスキーをしに行っている場所でもある。
友人や知人も多く、一年前のあの日は今も忘れられない。
幸いな事に俺の知り合いは怪我も無く無事だったが、
震源地に近い小千谷などでは大きな被害がでた。
多くの方が亡くなったり怪我をし、そして家を無くした・・・・
震災から一年、被災者ではない我々はその記憶さえ薄れていく。

テレビなどでは震災から一年を迎え、特集で今の小千谷市の今を報じた。

一向に進まぬ復興の様子、改めてそこにある現実を知る事になった。

そんな放送で見た現地の皆さんの姿は、
そんな逆境の中でもすこぶるピジティブだ!!!
以前から新潟の方々は強い精神力の持ち主だと感じていた、
あれだけの被害に遭いながらも、
直ぐに復興に向けて歩き出す姿に感動もした。

「落ち込んでいても しかたねぇすけ」

この一言に全てが集約されていた。。。


そんな中、様々な苦悩を乗り越えて、今年魚沼の米は作られた。

ojiya-1




震源地に近い小千谷市の山間部に広がる棚田は、
壊滅的打撃を受けた。
ここは、寒暖差が激しく水質が優れていることから、
“日本一うまい米”と評される魚沼コシヒカリの中でも、
最上級の味を育んできた場所である。

春、小千谷では雪解けが進むにつれ、
予想を超える棚田被害が明らかになった。
農道・水路など、あらゆる農業インフラが、
一瞬の地震の揺れによってズタズタにされていた。
しかし、先行き不透明な中、農家たちは収穫を目指して歩み始めた。
「何とか、米を作り続けたい。そして、この山里で暮らし続けたい」。
大きな借金をして棚田の整備に乗り出したり、
力を合わせて農道の改修を行うなど、
様々な格闘を経て田植えにたどり着いた。
しかし、その後も、地震に起因する被害が、
農家の前に立ちはだかった。

そんな様子をNHKが特番で放送した・・・・

小千谷山間の棚田を舞台に、
震災後初めての田植えから稲刈りまでを描いていた。
行政による復旧や補償だけでは癒すことのできない震災の傷痕に、
米作りのプロが向き合い、ひたむきに格闘した1年の記録である。

その放送の最後の場面で、稲を育てた旦那さんの満足そうな顔。
そしてその旦那を支えながら共に米を育てた奥さんが見せたバンザイ!
同じようにお米を育てた方々の執念が見えたような気がする。

ojiya-2





他の番組ではまた・・・
取れたお米をお世話になった方々へのご恩返しと言って、
少しですけど送らせていただいたと言う女性が出ていた・・・

あのお世話になったと言った時の女性の顔、
感謝の念がいっぱいに溢れていた。

あの顔を国や行政の関係者はどんな思い出見たのか知りたい・・・

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ことしも米どころ「魚沼のこしひかり」が

宝石のような輝きで食卓に並ぶことに感謝したい
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